村上春樹「魂のいちばん深いところ 河合隼雄先生の思い出」

 
考える人 2013年 08月号 [雑誌]
考える人 2013年 08月号 [雑誌]
新潮社 (2013-07-04)  
初対面の印象は「ずいぶん無口で暗い感じの人だな」というものでした。目が据わっているというか、なんとなくどろんとしているんです。奥が見えない。これは、言い方はちょっと悪いかもしれませんが、尋常の人の目じゃないと僕は感じました。何かしら重い、含みのある目です。 僕は小説家ですので、人を観察するのが仕事です。細かく観察し、とりあえず簡単にプロセスはしますが、判断はしません。判断は本当にそれが必要になるときまで保留しておきます。ですからこのときも僕は、河合先生がどういう人かというような判断はしませんでした。その不思議な目のあり方を、ひとつの情報として記憶に留めただけです。p.104 我々は何を共有していたか?ひとことで言えば、物語というコンセプトだったと思います。物語というのはつまり人の魂の奥底にあるものです。人の魂の奥底にあるべきものです。魂のいちばん深いところにあるからこそ、それは人と人とを根元でつなぎ合わせることができるんです。僕は小説を書くために、日常的にそん深い場所に降りていきます。河合先生は臨床家としてクライアントと向き合うことによって、やはり日常的にそこに降りていきます。河合先生と僕とはたぶんそのことを「臨床的に」理解し合っていたーーそういう気がします。p.106 ***