河合隼雄『未来への記憶ー自伝の試みー(上)(下)』

  クロッパーは患者のロールシャッハだけをみて、本人には会っていなくても、この人は医者が言うよりも長生きするだろうとか、この人は医者が言うよりも早く死ぬだろうと分類するんです。それがものすごく当たるんですよ、ロールシャッハで。 しかし、それにはちゃんと彼の理論があるんです。非常に簡単にいうと、意識的に抵抗する人は早く死ぬ。意識的抵抗のすごく強い人は消耗して死んでいくんです。 意識的抵抗を放棄した人、その中には、すっきり放棄した人と妄想的に放棄した人とがいるんですが、たとえば「自分ががんになっているというのはウソや」とか、「この薬を飲んだら治る」とかいう話がいろいろとありますが、そういうことをほんまに信じた人は医者の予想より長く生きる。つまり、すっきりと自我防衛を放棄した人と妄想的に放棄した人、その両方とも長く生きやすい。pp.60-61 クロッパーが「こういう話を聞いて、すぐに心の状態が体に影響するなんて考えるのは非常に浅はかだ」って指摘するんですよ。というのは、もしそうだったら、そういう人はみんな治るはずだ。そうでしょう。だからそういうふうに因果関係でこれを結ぶのはまちがっている、というわけなのです。 そして、心と体のことを考えた場合に、これを説明しうるのは、最近ユングが説えている「シンクロニシティ」だ、とクロッパーが言ったのです。(…) シンクロニシティというのは非因果的連関に意味を見出すというのか、わかりやすく言えば、意味のある偶然の一致の現象がありますね。たとえば、夢で見たことがそのまま実際に生じるとか。こういう場合に、それを因果律のみで把握することはできず、シンクロニシティの原理ということを考えねばならないというのです。ぼくはショックを受けるとともに、この考えこそ、今後の心理療法のみならず、人間の科学を考えるうえで極めて大切だと直覚したのです。pp.61-62 ***