濱口桂一郎「超高齢社会の社会政策年齢に基づく雇用システムと高齢者雇用」高齢社会のリ・デザイン講義ノート

  

・日本社会における年齢に基づく賃金体系

年齢と扶養家族数で賃金を決める企業。日本の労働組合だけがそのようなことを言っており、戦後日本の賃金体系の原点である。そこでは同一労働同一賃金という考え方がない。年功序列制のもとではそのような賃金体系は実現できない。

国民所得倍増計画(1960) 雇用対策基本計画(1967)

終身雇用、年功序列前近代的であり欧米型の労働市場にしようとする動きがおきた。男女同一賃金、同一労働同一賃金という近代的な労働市場をつくることを政府は本気で考えていたが実際にはそうはならなかった。

高齢者雇用

厚生年金は1941年からはじまった。厚生年金保険法により55歳から給付された。その後男性のみ、厚生年金の支給開始年齢を60歳に引き上げられたが、年金の支給開始年齢はあがったが定年はあがらなかった。現在では、50歳-60歳までは賃金維持、60歳-65歳は嘱託として大幅に賃金を下げ雇用するのが一般的。果たして70歳まで継続雇用は可能であるのか。可能でないとすると、年齢に基づかない雇用への改革は可能なのか。

・高度成長期:若年労働力の逼迫と中高年労働力の滞留

若い人は安くてかつばりばりと働いてくれる。社会全体が年齢に基づく雇用システムになってるため、年をとっているほど就職しにくくなってくる。1960年代の政府はそのような日本型雇用システムはよくないと思っており、近代的な労働市場をつくろうとした。中高年齢者雇用促進特別措置法で民間にも職種別雇用しようとしていたが、実際の現実はそうは動かなかった。はじめは新卒でいれて最後まで働くということが正規のルートを変えようとしていた。しかし失敗。政府は欧米型の労働市場を作ろうということをやめた。

高齢者雇用

1986年 60才定年の努力義務と行政措置規定

1990年 65歳再雇用の努力義務

2012年 例外なき65歳定年または継続雇用

・障害者雇用

クォーター制を採用。企業に対して義務を課して数パーセント雇う義務。

・年齢差別禁止政策

社会全体のなかで一定の属性をもった人に対してどうするか。1990年代の終わりから浮上し、年齢差別禁止の政策がとられた。しかし年齢差別を禁止するためには、年功序列型賃金、昇進システムを全面的に見直す必要があるため、そう簡単には事は進まない。

2001年:募集採用における年齢制限禁止の努力義務

採用時における年齢制限禁止の努力義務を設けた。そうはいっても現実の日本は入口から出口まで年齢によって賃金がきまっているため、このような努力義務にもかかわらず10項目も例外がついていた。

「年齢に関わりなく働ける社会に関する研究会」における議論。

2004年改正。野党から年齢差別禁止法案。

第一次安倍内閣「再チャレンジ」

小泉内閣で進行した格差社会に対して安倍内閣では若者の再チャレンジが謳われた。最低賃金の引き上げ、年齢差別禁止条約。すでに日本は年齢差別してはいけないことになっている。しかし現実の日本社会はなにもかわっていない。

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同一労働同一賃金が大切であり、男女差別、年齢差別は禁止すべきである」という主張は正論である一方で、戦後の日本社会が築きあげてきた年功序列、終身雇用型の雇用システムが強固に残り続ける現代日本社会において、そのような労働市場を再構築することは容易ではない。年齢と扶養家族によって賃金が決められ、職種別採用も一般的ではない日本社会においては、安い賃金でばりばりと働いてくれる若者が必要とされ、企業間の雇用の流動性が高まらないことも必然である。同一労働同一賃金が実現されない以上、高い賃金を払わないといけない高齢者の雇用期間を引き延ばすことは難しく、現在では嘱託というかたちでかろうじて65歳まで雇用を継続しているが、今後70歳定年を目指すためにはまだまだ課題が多い。「前近代的」とされる年功序列、終身雇用制(実際には近代以前にこのような労働市場があったわけではないらしいが)に対する批判は70年代からされてきたが、実際の日本の雇用環境はほとんどかわっておらず、若者の再チャレンジも、高齢者の継続雇用も、女性の機会均等も十分には実現されていない。