柴田元幸編・訳「ナイン・インタビューズ」

   

村上 ただ、その歪みみたいなものは、表層から離れて、もっと深いところにどんどん降りて行くと、歪みでもなくなっちゃうんですよね。(中略)だから小説家である僕らの仕事は、それをフィクションという形で、闇に沈めてしまうことだと思うんです。僕らの抱えている病理を、仮説として、歪みが歪みでも何でもない世界に持ち込んでしまう。そうすることによって人は救いのあるべきスペースというか、そういう明かりを見出せるんじゃないかな。(中略)それがまあ、小説を書くことの目的の一つです。うまくそうなればいい、うまくその実感が伝わればいい、と。あのですね、僕はべつに人の心を癒すことを目的として小説を書いているわけじゃないんです。どちらかというと、僕は何をするにしても、ほとんど自分のことしか考えてないんです。でも小説を書くとなると、小説を立体的に書くとなると、どうしてもうなぎを引き込んでこなくてはならないし、いったんうなぎが出てくると、他者との視点を共有するということが、必須になってくるんです。そして結果的に、他者と何かを共有するというのは、何かを交換することであり、それは多かれ少なかれ治癒行為につながります。というか、もっと性格に言えば、自己治癒の可能性みたいなものを、スペースとして示唆することになります。 pp.282-283

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