人類を脅かすリスクの優先順位づけ

170221 ミニレポート

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 人類を脅かす様々なリスクに対処するにあたり、考えられるすべてのリスクに対処することはコストが莫大なものとなるため、なんらかのかたちでリスクに優先順位をつけ優先順位の高い順に対処していくことが必要となる。それぞれの災害リスクの大きさも、どの地域を対象とするのかによって変化するであろうが、本稿では可能な限りシンプルなかたちでリスク評価を行うために、地球全体をひとつの利害共有者としてみなしたい。

・対策の費用対効果の算出

 人類を脅かすリスクの優先順位をつけるにあたり、最もシンプルな手法はその対策の費用対効果を考え、費用対効果が高い順に対処していく手法である。今回は災害対策の費用対効果を考えるにあたり、(1)損失の期待値[$/year]を求めたのち、(2)費用対効果[-]を求めるという手順で考えてみたい。

(1)損失の期待値[$/year]を求める

 まずはじめに為されることは、単位年あたりの損失の期待値を求めることである。ここでは損失をいかなるかたちで定義するかが問題となるが、真っ先に思いつくのは経済的損失と人命損失の二つであり、それらは以下のように求められる。

・経済的損失の期待値[$/year]=予想損失額[$]/発生頻度[year]

・死者数の期待値[人/year]=予想死者数[人]/発生頻度[year]

 しかしこの場合、経済的損失と人命損失の二つの期待値が出てしまうため、優先順位付けには適さない。リスク評価のコストベネフィット分析においては、一般に人命コストを金銭換算することも多く(一般には200万$程度)、仮にそのことを認めるのであれば、上記二つの期待値は以下へと一本化される。 

・損失の期待値[$/year]=予想損失額[$]/発生頻度[year]

 

(2)対策の費用対効果[-]を算出する

 次に災害対策の費用対効果を算出し、それが高い順に優先順位をつけていくが、一般に災害における対策の費用対効果は以下のようなかたちで見積もられる。

・対策の費用対効果[-]=対策によるベネフィット(軽減される損失)[$] / 投入費用[$] 

 対策によるベネフィット(軽減される損失)は、対策前の損失の期待値[$/year]×期間[year]と対策後の損失の期待値[$/year]×期間[year]の差として見積もられるため、上記の式は以下のように整理される。

・対策の費用対効果[-] = 対策によるベネフィット(軽減される損失)[$] / 投入費用[$]

                    = 対策前の損失の期待値[$/year]×期間[year] - 対策後の損失の期待値

                      [$/year]×期間[year] / 投入費用[$]

 上記の式における期間[year]はどの程度のスパンで費用対効果を考えるのかということであり、この期間の長さは完全に任意のものである。同様に投入費用も任意のものであり、任意の投入費用に対する対策のベネフィットの大小によりリスクの優先順位を決定する。

・リスク評価のスタディ

表1 災害種別の損失期待値

災害種別

死者数[人]

経済損失[万ドル]

損失額類型[万ドル]

発生頻度[年]

損失期待値[万ドル/年]

GRB

7.0×10^9

??

1.4×10^12

10^9

1.4×10^3

隕石衝突

7.0×10^9

??

1.4×10^12

10^9

1.4×10^3

火山噴火(トバ)

1.0×10^6

??

2.0×10^8

10^5

2.0×10^3

気候変動

??

??

??

10^5

??

スーパーフレア

??

??

??

10^3

??

感染症(エボラ)

1.0×10^5

??

2.0×10^7

10^2

2.0×10^5

地震津波(南海トラフ)

3.3×10^5

22000

6.6×10^7

10^2

6.6×10^5

テロ(9.11)

3.0×10^3

3.3×10^8

3.3×10^8

10

3.3×10^7

洪水

1.0×10^4

??

2.0×10^6

1

2.0×10^6

飢餓・干ばつ

1.5×10^7

??

3.0×10^8

1

3.0×10^8

AIシンギュラリティ

??

??

??

??

??

 

 ここでは先の式を用いてリスクの優先順位をつけるスタディを試みてみたいが、残念ながら今回は対策によってどの程度損失が軽減されるのか調べるすべがないため、ここでは、年あたりの災害による損失の期待値のほうを比較してみたい。これはあくまでスタディであり、数字も厳密なものでは決してなくオーダーだけを問題とする。

 対象とするのは将来予想されている、あるいは過去にあった任意の大規模災害を取り上げ、そこにおける死者数[人]、経済損失[万ドル]の値を調べ、それを損失累計額[万ドル]に換算する。損失は人命1人につき200万ドル、経済損失は未来の出来事の場合は予想されている最大値、過去の出来事の場合は報道されている値を用いる。そして換算された損失累計額[万ドル]を頻度[年]で割り、年あたりの損失期待値[万ドル/年]を算出する。その結果が表1である。 

 この結果からわかることは、ガンマ線バースト(RGB)、巨大隕石衝突、大規模火山噴火といった発生頻度の低い大規模災害は、年あたりに換算してしまうとそれほど損失は多くなく、むしろ感染症、地震津波、テロ、洪水、飢餓干ばつといった比較的身近な災害のほうが高いリスクを有していることが理解できる。スーパーフレアや気候変動(自然的、人為的)はそれによる損失量がはっきりしないうえ、特に気候変動は洪水や飢餓・干ばつとも関連していることが考えられるため評価が難しい。

 災害対策の費用対効果の観点からみても、ガンマ線バースト(RGB)、巨大隕石衝突、大規模火山噴火といった事柄は仮に予めそれが予知できたとしても、それらの被害を抜本的に減らす対策を取ることは難しく、費用対効果の面でも非効率となって対策の優先順位が低くなることが予想される。それに対して、感染症、地震津波、テロ、洪水、飢餓・干ばつなどはこれまでも対策がとられてきたリスクであるため、投資量を増やせばその分ベネフィット(軽減される損失)が増えることが予想される。特に感染症はこれらのうちでは損失期待値が低い部類にあるが、その多くがワクチンの接種によって防ぐことができるため、費用対効果も高くなることが期待される。対してテロ、洪水、飢餓・干ばつ等は損失期待値は一番高い部類にあるが、これがどの程度対策によって損失を減らすことができるのかはっきりとせず、また適用した事例(9.11など)が例外的に巨大な災害であることも考えられるため、これらが最優先であるとは断定しがたい。

 それゆえ、表1の結果から大まかに想像される優先順位は以下のようなものとなる。

優先順位大:感染症、地震津波、テロ、洪水、飢餓・干ばつ

優先順位小:ガンマ線バースト(RGB)、隕石衝突、火山噴火

不明:気候変動、スーパーフレア、AIシンギュラリティ

  このうち、不明の部分の順位は、発生頻度や死者数、経済損失額というものが明らかになれば、優先順位もはっきりすることとなる。優先順位大の内部の順位、優先順位小の内部の順位に関してさらなる順位づけをするためには、投入費用あたりの損失軽減量、つまり費用対効果をなんらかのかたちで具体的な計算するほかにないといえるが、土木工事を必要とするものよりも、ワクチンや食料等で対応できるもののほうが費用対効果が高くなるであろうことは直感的に想像できよう。

 

参考サイト

・Science and Environmental Health Network 「Risk Assessment and Risk Management」

 http://www.sehn.org/pppra.html

http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/risk_assess_mass/risk_assess_mass.html