バックミンスター・フラー その人と哲学

 

昔書いた建築意匠のレポート。なぜかインタビュー形式

***

 40年という短い間にあなたは建築家として、あるいは技師として、また発明・企画家、地図製作者、数学者として新聞のトップ記事をかざってきました。それにもかかわらずあなたはこれらのどれをも職業としているのではありません。あなたの仕事は一見互いに孤立してみえますが、そこには共通する考えや、それらを統合していく意図などがあったのでしょうか。

フラー「私は住宅を計画したり、新型の自動車を大量生産したり、新しい地図投影方式を発明したり、ジオデジック・ドームやエネルギー幾何学を発展させたりすることを始めたのではありません。私は宇宙について着手したのです。それは、エネルギー・システムとしてたびたび明らかになる再生産諸原理の組織体としての宇宙です。私は一足の空飛ぶスリッパで終わらすことすらもできたのです。」

 宇宙は全体として秩序だっており、それはエネルギーの相互関連の観点から認識が可能だということでしょうか。エネルギー・システムについてもうすこし具体的にお聞かせ願えますか。

フラー「エネルギーは再生産的です。再生産的とは、多軌道で、周期的で、歳差を持つが共心的である、という意味であり、ある時にはひとつの相を、次にはまた他の相をといったように、ありとあらゆる相を示すことのできる能力を意味しているのであります。しかし、それぞれの相は、年輪のように、あるいは水に投げられた石によって生じる波紋のように、それぞれ独自の軌道を持っています。そして種々の軌道は同心円上あるいは球殻状に、外側にあるいは内側に進みます。種は再生産的です。結晶は再生産的です。エネルギーそれ自体は、常に産出力をもった存在です。エネルギーの形は自由自在です。エネルギーは自ら自身を、輻射、質量、模様、あるいは労働の源泉という形で、覆い隠してしまうこともできます。そして基本的な法則によると、エネルギーは創り出すことも、消失させることもできないのであり、宇宙の機構の中で、エネルギーは、神の祝福を受けて常にかわらぬ再生産の喜びとともに徘徊する宿命を持っているのであります。」

 あなたはそのようなエネルギーに対する認識を、ダイマキシオンという用語を用いて実際に40年間の仕事の中で思想を形として結実させていますね。そこにはどのような意図があったのでしょうか。

フラー「はい。ダイマキシオンという概念は、合理的な世界でのすべての社会活動において、単位当たりの入力について最も効率的に包括的に合理的行動を行うことを要求するものであります。ダイマキシオンという構成をとることにより、利用可能な科学技術の範囲内において実行可能な最も高い効率を生み出すことができます。」

 なるほど。なかなか難しい概念なのですが具体的にはどのようなものなのでしょうか。

フラー「例えばダイマキシオンハウスは、大量生産、パッケージ化した輸送、短い建設時間、低価格、設置条件への適合性、耐火性、耐震性、耐候性、解体・再輸送を全て実現しようと試みたものです。

24時間以内に配置でき、訓練を受けた職人が建込みを行い、設備を仕上げられるだけでなく、無駄な手間、利己主義、搾取、政治、中央管理を排除し、洪水、家事、大旋風、雷、地震、そしてハリケーンに耐え抜きます。金属の代わりに壁や窓や天井にはカゼイン、つまり野菜の屑から作った透明や、半透明や、不透明な膜を使い、浴室もカゼインを素材として一体形成されます。ドアは灰色の気球用の絹布製でこれは空気で膨らませて枠に密着させるのでほこりを寄せつけません。全体を覆うためにはアルミニウムの合金であるジュラルミンがパネル板や瓦棒として使われ、床には空気で膨らませたゴムシート。石油エンジンをエネルギー源とする電力が家を暖め、同時に鏡で反射されつつ広がって半透明の壁を通して家を照らします。実現すればわずか1500ドルでたてることができるものです。」

 なるほど。ダイマキシオン地図の場合ではどうでしょうか。

フラー「ダイマキシオンの世界地図ではベクトル平衡体の展開図の形をしており、14面体と20面体のものがあります。地球表面という球体を平面の上に投影する手法にはいくつかありますが、これらはそのどれにも一長一短があり、大陸の全体配置の把握に力点を置くと、形や大きさが歪んでしまい、逆に大きさや形を正確に把握しようとすると全体がうまく捉えられなくなる。この点、多面体で球面を近似するダイマキシオン投影法は実に優れた手法であるといえ、どの大陸も寸断されず、しかも相対的な形や大きさに視覚的歪みの無い初めての地図です。」

 多面体を利用することにより、球面を近似するという手法は後のジオデジック・ドームと共通する手法ですよね。ここではどのような意図があったのでしょうか。

フラー「引張力のかかる地引網のような網目構造と、その網目を球体に支える非連続の圧縮材を用いたテンセグリティ構造により建物重量の軽減化をはかりました。球面状のひとつの三角形を三つの大円で構成するようにすれば、球面の上には総三角形のグリッドができ、これがジオデジック・ドームの網目になります。この構造は強く、しかも最小の表面積で最大の空間を作ります。短い組み立て時間、強度、軽量性、運搬可能性は空間をつくる上での大きな強みです。」

 なるほど、より少ないエネルギーでより多くのことをなすこと、行程のシステム化、地球上のどこでも通用しうるグローバルさ、人類との生活の維持のため、というのはダイマキシオンの世界で通底する思想であったわけですね。 冒頭であなたはこれまでの取り組みにおいて、別個の孤立した事業を始めたわけではなく、「宇宙」に着手したのだとおっしゃっていました。あなたはしばしば、起こり得る事象の全体性を称して、「宇宙」と呼ぶことがあります。あなたの言う「宇宙」とはなかなか扱いづらい概念だと思うのですが、それについて説明いただけますでしょうか。

フラー「宇宙とはすべての人々が意識のうえで理解し、伝達し合った経験の集合体です。宇宙は全体としてはわれわれには理解できませんが、ある有限個の事象だとか経験が個々に存在しているときにはひとつのまとまりとして存在しています。理解され得ることのない事象の拡がりをもっていながら、これらの事象の部分部分は全体のうちの一部分として欠くことのできないものであり、我々が研究したり分類したりする行動よりも先に存在するものであります。物質界がエネルギー保存の法則で支配されているように、非物質的な現象、経験も有限なものであり全体量は生成されることも失われることもないものであります。 私はこれを経験保存の法則と呼んでいます。」

 つまり物質界でも非物質界でもエネルギーは限られたものであり、その総量は常にかわらない、と。非物質界も物質界と同じようにエネルギーの総量がかわらないことを利用して、エネルギー転換を意図的に行っていくことは可能なのでしょうか。

フラー「はい。先ほども申し上げました通り、宇宙はすべての人びとの経験の集合体です。すべての人間の経験は、有限な量を持ったエネルギー事象であり、遂行された実験、書かれた書物、表現された思想、完成された構造物などの全てのものは有限なエネルギー事象なのです。経験は有限であるからこそ、貯めたり、学んだり、教えたりすることができます。経験は意識して努力することによって、人類に役立つものに変えることができるのです。経験を意識的に選択的に蓄積していくことにより、将来の事象の制御、すなわち未来に起こるかもしれない出来事を取り扱う社会の組織化された全体能力を培っていくことができるのです。」

 人類の将来にとって有益となる経験を意識的に選択的に蓄積し、それを社会に還元していくこと。それはやはり科学の知の蓄積、またその産業化によるところが大きいのでしょうか。

フラー「そうです。私は政治的変革の力を信じておらず、それはもはや時代遅れの活動であると考えます。変革は究極的には科学技術で行われるべきであり、政治的変革は言葉の遊びあり素朴な試みであります。立法行為がその精神においてどんなに慈悲深いものであろうとも、実際のところ、その目的に適した科学技術の裏付けが無い限り、それは無益なものです。人類の生存は科学技術的な問題であって、政治的な問題ではありません。豊富さというものは生産によるのであって、外交議定書によるのではない。人類が疾病に苦しめられ、飢えに脅かされている社会を、統制のとれた豊富さを持つ王国に変える可能性は、自分の経験した諸事実を秩序づける人類の能力に依存しているのであり、包括的で予測的な計画科学を必要とします。」

 人類の生存を維持させるためには将来の事象を制御するための組織化された全体能力が必須であり、それは科学技術によるものが大きい、ということでしょうか。それがその時代の財であると考えるのですね。

フラー「はい。その時代の財を評価するのは簡単です。その時点における生産と供給の科学技術的な水準を明確に量的に見積もることです。その時代の道具や設備を新たに開発したり、作りだしたりせずに、x日間生き続けることのできる人間の数を評価すればよいのです。」

 そのような経験に基づいて将来の事象を制御し、人類の生存に貢献するものが人類にとっての財であるのならば、ダイマキシオンと名付けられた一連の作品もそのような見地に立って創られた人類にとっての財となりうるものなのですね。

フラー「実験に先立って作られた理論は誤っていることがあるかもしれないが、自然は決してそのようなことはしません。物理学の諸原理は自然に対して忠実です。それはひとつひとつの系の内においては規則性として観察され、実験の中でこれらの規則性や力や応力の現実の構成を確認してきたのです。私のモデルはすべて、この実用的な試験に合格したものです。それらは立派に通用しました。これらは実験によって確かめられた、理想的で、実行可能な建設の原型であって工業的に再生産可能なものであります。先ほど申しました人類の経験の実際への適用と言うことができるでしょう。」

  

参考文献   

B・フラー/R・W・マークス共著、木島安史/梅沢忠雄訳『バックミンスター・フラーのダイマキシオンの世界』鹿島出版会 1978。

マーティン・ポーリー著、渡辺武信/相田武文共訳『バックミンスター・フラー鹿島出版会、1994。

B・フラー著、芹沢高志訳『宇宙船地球号操縦マニュアル』ちくま書房、2000。